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吉信社長の工事現場日記

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2021.06.02

初めて両親の青春に想いを馳せました

  父の他界後、11年にわたり一人暮らしをしていた85歳になる母がグループホームにお世話になることになりました。本来であれば自宅で面倒を見てあげたいところですが、なかなかそうもいきません。

 先日、引越をしました。母も荷造りをする元気が無く、私も事前に行く時間が無かったので、早朝から一気に片づけました。引越屋さんに荷造りから頼むことができるサービスがあることも承知しておりますが、持っていくものと処分する物の判別ができんと思いましたし、何よりゴミが多かったのでとても頼むことができませんでした。3Kからワンルームに転居するので、相当に荷物を減らさないといけなかったんです。

 最初はいちいち、あれいるかこれいるかと聞いていましたが、聞いてたら全部いるって言うし、全く進まないのですぐに勝手に処分グループにどんどん仕分けを始めました。すると母も気づいて私から目を離さず、また荷物グループにもどしたりしてました(笑)。ああ、大変。

 お昼を抜くどころか、1分の休憩もなく、なんとかやり切りました。持っていく荷物は引越屋さんのトラックへ、処分するものとゴミは「ダンプに積みきれない」と引越屋さんがあきらめかけるほどでしたが、「責任持つから上に積んでくれ」と何とか積み切りました。

 引越の翌日、そのままでは捨てられないのでゴミの分別をしながら、保管用に持って帰ったアルバムや母の小物を整理したりながめたりしていました。

 仕事道具や資格の免状、若かりし頃の写真などを見ておりますと、生まれて初めて両親の青春と言うものを感じました。これまでも何回も見たことがある写真なのに、小さい私をだっこしている父の写真などを見ると、私を育ててくれた頃の気持ちがすごくよくわかって泣けてきました。

 いままで両親は私にとって、あくまでも私の親でした。父や母の青春というか、個人の人生について想いをはせたことがなかった。それがわかり愕然としました。私は自分で親不孝だと重々承知しておりますが、自分で思っていたよりももっと親不孝でした。謙遜なんかじゃありません。つらい。

 幸い母はまだ元気です。たいしたことはできませんが、少しでも親孝行がしたい。この数年は月一で母を訪ねていましたが、これからは週一で行くことにします。これまでは月一でも「自分が行ってあげないと可哀そうだ」というどこか上から目線がありましたが、いまは「行きたい、私が会いたいから行きたい」と思うようになりました。

 少し近くなったし大丈夫やろ。手遅れになる前に気づいてよかった。この引越に感謝します。

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 こんにちは、吉信秀樹です。
今の想いを誰かに話したい、思いっきりしゃべりたいという気持ちがありますが、残念、誰にも話すことができません。聞いてもらえそうなイメージが唯一わいたのは親友のお母さんですが、それも迷惑な話でしょうね(苦笑)。これも人徳の無さですね。
 では、またお会いしましょう!

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