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2020.09.01
私はなぜ「健康増進住宅」を建てるのか(2)
そして忘れもしない2009年秋、会社を西木辻町の自宅から現在の場所に移転した直後のことです。「リフォーム済の中古住宅を購入して転居したが、シックハウスになったかもしれない。それまで気にならなかったのにクロスの臭いが気になったり気分が悪くなったりする。」とこれもおそらく中高年の女性の方から相談の電話をいただきました。
初めてのシックハウスの相談から約9年、その間にシックハウスについて何の進歩もなかった私はこの時もお役に立てなかったことで強く自責の念にかられて、「たとえニーズが少なくとも、シックハウスの取り組みは必ずせねばならない」と決意しました。
相談してくださった方に申し訳ないという想いと、プロとして恥ずかしいという思い、もうこんな思いをしたくないという想いで、住宅と健康についてしっかり考えるようになりました。
お世話になっておりました住宅産業塾のご縁で、以前から存在だけは知っていた「いやし健康増進住宅研究会」に入会。シックハウスの理論や対応策などを教えていただくとともに、全国の健康増進住宅を建てていらっしゃるお仲間の工務店社長の話をうかがいました。
そこでは信じられないような話がたくさんありました。アトピーが治った、よく眠れるようになった、快眠・快便になった、花や食べ物が長持ちする・・・それまでの私の住宅観では想像もできなかった話がありました。
「よし、俺もやろう!」といやしろの住まいの建築を始めました。最初の一件は元社員の家でした。事務員さんだったのですが寿退社をしまして、子どもも生まれて「社長に建てて欲しい」と言ってくれたので私も少し無理をして請負契約をしたところでした。
もうお金がないのはわかってたのですが、「実はこれからこんな家を建てる、いやしろの住まいと言って絶対に家族のためにはいいと思う。もうお金がないのはわかってるけど追加で〇〇万円だけくれへんか、きっと後悔はさせない」と着工直前でもちかけました。
彼女は「社長がいいって言うのならまかせます」と言ってくれ、当社のいやしろの住まいの第一号が決定しました。でも、この時は実はまだ半信半疑とは言いませんが、現在のような信念も自信もありませんでした。
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こんにちは、吉信秀樹です。
昨日は長女がつかの間の一人暮らしを終え、家に帰ってくる引越をしました。コロナの影響です。色々な想いはあるが、もう少し思うようにさせてあげたかったなと、やや心を痛めております。
では、またお会いしましょう!